私は、あまり平凡な家庭には生まれず、そのせいか権利や平等というものに人一倍敏感な青年期を過ごしました。
大人になり、海外をふらふら。遠回りしながらも、社会福祉を学ぼうと考えたのは、生い立ちからすればごく自然なことだったのかもしれません。
子どもの頃から、他人とは違うことをするのが好きで、皆が横から見た車の絵を描けば、私は正面から見た絵を描いたり、
流行りの髪型とは敢えて違うパーマやカットを美容院で注文したり(今は坊主ですが・・)。
わざと他の人と違う方法、表現を探すクセがあった私は、時に学校やグループから受け入れられないこともあり、
大人や社会に対して反発心を抱くこともありました。
だから私が、障がい者が差別を感じて生きていると知った時、他人事に感じることが出来なかったのでしょう。
知的、身体的な障がいがあったとしても、誰しもに権利が認められる社会でなければ、私自身が幸せになれない。
不平等な社会は要らない。
子どもたちはどうでしょう。日本の社会では、子どもが愛され、健全な家庭で育つという当然の権利が蔑ろにされています。
さらに重い障がいがあるとしたら。将来の夢など持って大人になれるでしょうか。
その家族の気持ちを想像してみて下さい。この、何ら不自由のない日本社会の片隅で「この子を殺して私も」と毎日、毎日。毎日思いながら暮らす気持ちを。
そして、それがあなたの家族、友人だったら。
私はつくる。
障がいがあっても、家族丸ごと豊かで自由に生きれらる社会を。
地域と、ご家族と仲間と共に。

NPO法人ソーシャルデベロップメントジャパン 代表 矢部弘司